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ご趣味は? と聞かれると、「読書」と応えられるほど、読書が好きになってきました。

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大切な読後の余韻を読みっぱなしにして忘れてしまわぬよう、また理解を助けるためのメモとして始めた書評記録ですが、さらに世界を広めるために、皆様から感想を頂戴できるとうれしいです。
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移行期的混乱・・経済成長神話の終わり

2013.01.30 22:31|社会
移行期的混乱・・経済成長神話の終わり ★★★ 2013.1.25
平川克美
筑摩書房

DSCF1892.jpg


・人口が減少し、超高齢化が進み、経済活動が停滞する社会で、未来に向けてどのようなビジョンが語れるか?

 現在の日本は総人口が年々減少するフェーズに入ってきています。この状況は今までに日本が経験してこなかったことであり、新たな局面に入ったものとして捉える必要があります。即ち、今は移行期的混乱の状態にあると説きます。
 ところが世間では、経済成長戦略が間違っているとか、人口増加政策が必要だとか、これまでの流れの中での対症療法的な政策が上手に成されていないことが問題とされてきたようです。本書によれば、即ち、これまでは問題のとらえ方がそもそも間違っていたというのです。
 
 こうした著者のような考え方は必要かもしれません。過去の日本経済が素晴らしかったときに戻ろうと考えるのではなく、経済が停滞することを前提にして、そうした中での生き方を考えた方が現状に沿うからです。

 しかしながら、単純な疑問があります。

 人口減少は女性の識字率の向上、社会の民主化と負の相関があることが即ち、人口増加政策を採っても人口増大が望めないことになるのでしょうか? 負の相関があることは結果であって、原因ではないはずです。

 また、経済成長がなされずに経済が進展することがあり得るのでしょうか? 

 こうした疑問点はあるものの、視点を変えることにより、見えてくる世界もまた変わるのは事実です。他国との競争、他社との競争をしていては他人と競争しているばかりで自己が見えず、不幸せに陥る個人と同じです。しかし、競争から離脱し、自国を見つめることは、自己を見つめ過去の自分からの成長を望む個人と同じと言えるかもしれませんね?

 以下は、本書の引用です。

・民主化の進展、教育の普及、識字率の向上、女性の社会的な地位の上昇という一連のプロセスと出生率との間には、負の相関関係がある。これは、人口学者であるエマニュエル・トッドらが、世界中の国の社会構造の変化と人口動態を調査して得たひとつの仮説(収斂仮説)であり結論である。つまり、民主化の進展とそれに伴う女性の識字率上昇、地位向上とともに、人口は増大傾向から減少傾向へ推移するというのである。有史以来、ほとんどの国と地域で、宗教や制度を超えて、民主化が進展し女性の識字率が向上していくと、あるところから人口増大にブレーキがかかるという現象を示してきた。歴史というものは一回性のものなので、この仮説を覆すには将来の反証を待つ他はない。
・ただ、もしもこの仮説が正しいとすれば、リーマンショック以降、わが国の経済・財政担当者、ビジネスリーダーの唱えている、人口減少に歯止めをかけ、もう一度経済成長の軌道を取り戻さなくてはならないという主張は原理的に考えて無理筋であるということになる。

・そもそも、人口が減少することは悪しきことであり、由々しき事態であるという言説には確固たる根拠というものがあるのかどうかも疑わしい。なぜなら、わたしたちの誰も、この総人口減少の局面を経験したことがないからである。

・総人口が極端に減少してゆく局面では、GDPは下がり、国民経済は縮小してゆく。これまでも景気の動向や、紛争や災害などによる外部環境の変化によって短期的な右肩下がりの状況があったが、この度の人口減少に伴う経済の長期的な縮小(あるいは均衡)は歴史上経験したことがないのである。したがって、この問題に対して、どのような政治的経済的施策が有効であるのかということに関しては、過去の事例というものはほとんど使い物にならない。

・「日本には成長戦略がないのが問題」ということに対して、わたしはこう言いたいと思う。問題なのは、成長戦略がないことではない。成長しなくてもやっていけるための戦略がないことが問題なのだと。

・社会構造の変化を促したものは有効需要が飽和したとか、限界効用の逓減とかいった目に見える理由だけによるのではない。個人の可能性の最大化を目指して進展してきた民主主義そのものが持つ限界が露呈し始めたということでもある。

・日本における歴史上始まって以来の総人口減少という事態は、なにか直接的な原因があってそうなったというよりは、それまでの日本人の歴史(民主化の進展)そのものが、まったく新たなフェーズに入ったと考える方が自然なことに思える。

・わたしは高度資本主義が行き着くところまで行った先に、待ち受ける社会に対して絶望よりは希望を抱いているひとりである。総人口の減少を食い止める方策は、さらなる経済成長ではない。あるいは経済成長を続けるための方策は、総人口の再増加でもない。むしろ、それとは反対の経済成長なしでもやっていける社会を考想することである。その考想がひとびとに共有されたとき、人口動態もまた平衡を取り戻すはずである。

・この移行期的な混乱は現在を見つめ直すための必要な混乱であり、その後には歴史課程的な人口調整が終わり、破壊された労働倫理が復活し、定常状態に近い経済均衡がもたらされることになるだろうと。そのときは、現在の価値一元的な競争原理が作ってきた時代のパラダイムとは別の、あたらしい時代のパラダイムが形成されているはずである。いや、順序は逆かもしれない。新しい時代のパラダイムが形成されたとき、歴史的な人口調整が終わり、経済的な均衡がもたらされる。

・「本来あるべき自分(じぶんらしさ)」という自己評価の仕方、「自己実現」といった考え方が生まれてくる土壌と、「格差という物語」が生まれてくる土壌、経済成長を生み出す土壌は同じひとつのものなのである。このことがすなわち、民主化・都市化の進展が民主主義そのものを毀損するという意味である。

・今回の選挙(2009年衆議院選挙)でも経済成長率を戻す、出生率を上げるなどいろいろ言っていましたが、こういうのは何か対策を打つことで出生率が上がったり、あるいはもう一回右肩上がりになったりするんじゃなくて、社会が進展した結果として現状があるととらえた方が自然だと思います。

・「労働とは一体何か」っていうことを原理的に考えていくと、原始的な贈与経済的な姿にまで遡れるのではないかと思います。贈与経済は何かと言うと、つまりは他者とのコミュニケーションです。人に喜んでもらったり、驚いてもらうことです。ギフトっていうのはここから発生していると思うんですよ。そして労働もギフトであると見なすこともできる。忌むげきもので、なるべく少ないほど良いんだという価値観とは対極にある労働観です。

・企業社会においても、これからそういう互助的な経済が生まれてくるんじゃないか。逆に言えばそうせざるを得ない状況になっていくんじゃないかなと思いますね。


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テーマ:読んだ本
ジャンル:本・雑誌

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